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田中旨夫(あかみちクリニック)の経歴・97歳で現役医師!

   

97歳にして現役医師として診療にあたる
田中旨夫(よしお)さん。

沖縄県うるま市のあかみちクリニックで
医師として日々患者と向き合っています。

プロフィールについて

田中さんは大正7年、
台湾で生まれました。

東京の旧制中学を卒業し、昭和医学専門学校
(現・昭和大学)に進学。

折りしも戦時中、卒業後は軍医として
運良く生まれ故郷の台湾・台北帝国大学
医学部に派遣され、終戦を迎えます。

戦後、総合病院で産婦人科の研修を受け、
1954年に台北市で産婦人科を開業。

21年間、同地にて診療にあたりました。

1975年、沖縄県東風平町(現・八重瀬町)
東風平診療所に赴任。

以降、沖縄県内の病院や診療所などに
勤務しました。

息子さんが米国で開業されていたそうですが
その息子さんから米国で針治療がブームとの
話を聞き、田中さんも自らも学んでみたいと
思い立ちます。

そして1986年に上海中医薬大学で
1ヶ月間、針治療を研修。

その後、WHO主催の国際鍼灸医師研修会
に3ヶ月間参加し、研鑽を積みました。

当時すでに70歳近かったにもかかわらず
針治療を新たに学ぶバイタリティが
すごいですね。

しかし2007年、体の異常を感じ台湾の病院で
診察を受けたところ、胆管ガンが見つかり
手術を受けます。

もうダメかと思ったそうですが、
手術は成功し、幸いにして転移も
なかったのだそうです。

当時89歳ですから、仮に転移していたら
再手術というのも難しかったでしょう。

田中さんはこのとき、神から与えられた命
ということで、医師として奉仕するという
思いを新たにしたのだそうです。

カジマヤーからさらに10年

カジマヤーとは沖縄で97歳の
長寿の祝いのこと。

田中さんのもカジマヤーを迎え、
祝賀会が開かれました。

じつは田中さん、戦後間もない
昭和25年に結核を発病。

新薬によって何とか
一命をつなぎました。

さらに2003年には中国旅行から帰国後、
40℃以上の高熱と呼吸困難を発症。

原因が分からず3日間苦しんだそうですが、
自ら針治療を行った結果、なんとか完治。

2003年というと同様の症状でアジア一帯が
震え上がったSARSが流行した年。

田中さんも罹患していたのかも
しれませんね。

前出の胆管ガンもそうですが、いくつもの
大病を乗り越えて97歳を迎えたんですね。

長寿の方って病気ひとつしたことない
という方ばかりだと思いましたが、
そういうわけでもないのかもしれませんね。

カジマヤーを迎え、関係者から祝福された
田中さんは「あと10年は診察を続けたい」
と抱負を語っています。

医師としての衰えない診察意欲、
すばらしいですね。

ぜひ100歳超えてもお元気のままで
医師として活躍していただきたいですね。

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