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秋山徳蔵が作ったメニュー・妻や息子、子孫について

   

大正期から昭和期にかけて宮内庁で
料理長を務めた秋山徳蔵。

「天皇の料理番」というタイトルで小説化
もされている人物です。

“ザリガニ”料理も!?

徳蔵が実際に宮中晩餐会で出した
メニューがこちら。

  • 北海道ザリガニのポタージュ
  • 鳥の袋蒸し羊肉とシャンピニオンを詰めた鶏、トリュフ添え
  • オレンジとワインのシャーベット
  • 七面鳥のあぶり焼き、ウズラの付け合せ
  • セロリの煮込み
  • 富士山のアイス

今でもふつうに高級レストランに
載っていそうなメニューですね。

「ザリガニ」料理がありますが、これは
大正天皇即位式の晩餐会メニューの
目玉として徳蔵が決めたもの。

上質なニホンザリガニを求めてなんと
軍隊に協力を要請して北海道の支笏湖
(しこつこ)の原生林から輸送したのだ
そうです。

ザリガニというと日本では小学校の飼育生物
くらいの扱いですが、海外では立派な食材。

井の頭公園あたりにいるザリガニでは
食あたりしますので食べないように。

徳蔵が考えた「富士山のアイス」は今でも
宮中晩餐会のデザートとして出される定番に
なっているそうです。

家族について

徳蔵の妻は秋山俊子という女性で
婿に入って「秋山」姓に変わりました。

しかし、俊子夫人は若くして
亡くなっており、岸本きくと再婚。

俊子夫人との間には長男・匡、長女・栄子、
次男・鉄蔵がおり、きく夫人との間には
三男・三郎、四男・四郎をもうけました。

徳蔵の弟子が料理人を世襲しているという
話はありますが、子供たちが料理人になった
という情報はありませんね。

すでに故人である長男・匡さんの
娘・徳子さんが所蔵していた徳蔵のレシピを
「味の素食の文化センター」に寄贈した
というニュースがありましたので、
子孫の方が現在もいらっしゃるようです。

フランスで料理修行

徳蔵は明治時代にフランスに渡って
料理人修行をしたまさにパイオニア。

当然のことながら当時では非常に珍しい
ことだったようです。

まぁ料理留学できたのも実家が福井で
料理屋をやっていて、裕福だったことも
あるんでしょうね。

料理に懸ける情熱は相当なものだったようで
教えを乞いたいと思えばどんな料理人に
対しても頭を下げるほどだったそうです。

昭和天皇が慰労

1972年に84歳で引退するまで60年近く
宮中に仕えた徳蔵。

特に昭和天皇には天皇が少年の頃から
仕えており、食事面でその健康を
支えてきました。

引退したその日、天皇に拝謁したそうで、
「長い間ご苦労だったね。これからも体に
気をつけるように」とのお言葉を賜ったのだ
そうです。

御前を退出して徳蔵は男泣き。

宮中の厨房の責任者とはいえ、天皇から直接
労われることは至上の名誉だったん
でしょうね。

「日本の食を変えた」とまで評される
秋山徳蔵。

昭和天皇の好みに合わせて洋食から和食まで
勉強したというその姿勢はまさに、
「天皇の料理番」と呼ぶにふさわしい
一流の料理人だったんですね。

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