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井伊直弼の子孫は?実は多才な彦根の名君!

   

桜田門外の変で暗殺された
大老の井伊直弼。

吉田松陰などが死罪となった
安政の大獄は教科書でも
お馴染みですね。

有名な子孫の方々

井伊直弼は暗殺されてしまいましたが、
直弼亡き後も井伊家は存続しています。

直弼のひ孫にあたる37代目の当主である
直愛(なおよし)さん(故人)は
水産学者でもあり、元彦根市長。

東京帝国大学(現・東大)を出た農学博士で
1953年から9期もの間、市長を務めました。

やはりと言うべきか、周りからは
「殿様市長」と呼ばれていたそうです。

きっと小さいころのあだ名も
“殿様”だったんじゃないでしょうか。

水産学者としては小型甲殻類アミ類の
新種を約50種も発見したのだとか。

学者としてもかなりの権威だったんですね。

奥さんは文子さんとおっしゃる方で
こちらは琉球国王の子孫。

現代にいたってもすごい血統ですね。

現在の当主は39代目の直岳さん。

じつは直愛さんの息子・直豪さんには
娘さんしかおらず直岳さんは娘婿。

本名は「岳夫」さんとおっしゃるそうですが
当主となられてから直岳と名乗っているのだ
そうです。

現在は市職員として彦根市立彦根城博物館の
館長を務められています。

当主が館長を務めているなんて
彦根城博物館としては
これ以上ない適任でしょうね。

じつは文化人で名君

安政の大獄で徹底して攘夷派を弾圧した
と言われる井伊直弼。

じつは学問・剣術・茶道・能楽など
多趣味で多才な人物だったのだそうです。

居合や茶道の新流派を開いたり、
能楽においては道具までそろえて
自ら能面を作っていたのだとか。

今で言うマルチクリエイターみたいな
人だったんですね。

また、暗殺後に見つかった遺品には
大量の洋書や世界地図などがあり、
早くから世界に目を向けていたようです。

なかには開国を推し進めて日本を救った
政治家として高評価する研究者もいる
のだとか。

安政の大獄で血も涙もない冷血漢だと
思っていましたが、だいぶ印象が
違いますね。

実際、彦根藩を治めていた頃は
藩政改革を行なったことで
「名君」と称えられていた
そうです。

じつはのちに死罪となる吉田松陰も
この改革を評価した一人でした。

なんとも皮肉なものです。

暗殺はチクられていた!

桜田門外の変で倒れた井伊直弼。

じつは暗殺当日の早朝に
「水戸藩浪士が暗殺企んでるよ」
という投書が藩邸に届いていたのだ
そうです。

しかし、これを無視して直弼は藩邸を出発し
襲撃を受けてしまったのだそうです。

“たられば”の話をしても仕方ないですが、
この親切な投書を素直に受け入れていれば
歴史はだいぶ変わっていたでしょうね。

それにしても誰がチクったんでしょうね。

親しい人間ならコッソリ投書したり
しないでしょうから、浪士のなかに
裏切り者がいたのかもしれませんね。

彦根では“名君”との誉高い直弼。

彦根城に赴いたら、ひこにゃんだけじゃなく
直弼の功績にも目を向けてみては
いかがでしょうか。

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