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日野富子の墓はどこにあるの?美人だった?画像を紹介

   

日本の三大悪女の一人に数えられている
日野富子。

室町幕府の8代将軍足利義政の正室として
権力を振るっていたと言われています。

墓所について

日野富子の墓所として伝えられているのは
京都府上京区にある華開院と
岡山県赤磐市にある自性院常念寺の
2ヶ所があるようです。

華開院にある日野富子の墓塔

常念寺の日野富子墓塔

どちらが正しいのかというのは
ズバリ分かりません。

どちらも石塔が残っているだけですので、
発掘して遺骨が見つかることも
ないでしょうね。

京都に墓所があるのは分かりますが、
なぜ岡山にまで墓所があるのかというと、
政争に敗れた富子が備前国守護・赤松政則を
頼って都落ちした先であるためなのだとか。

しかし、この話の真偽もやはり不明。

伝わっている話として、
死後に葬儀費用が調達できずに、
遺体が20日以上も室内に放置されていた
のだとか。

莫大な資産があったと言われていた
権力者の妻も結局は寂しい最期だった
ようですね。

美人だった?画像で検証

現在、日野富子像として現存するのが、
宝鏡寺が所蔵している木像のみ。

宝鏡寺蔵:日野富子像

これではどんな容姿だったかは
想像できませんね。

夫の足利義政の肖像画は残っていますが、
富子のものはないようです。

かなりの才女であったとは伝わっていますが
少なくとも絶世の美女だったという記録は
残っていません。

通説で悪女のレッテルが貼られていますが、
どうせなら美人であってほしいという願望を
持ってしまいますね。

じつは悪女じゃなかった!?

定説では政治に介入したり、自らの私腹を
肥やしたほか、応仁の乱のきっかけまで
作ったとされる日野富子。

しかし、最近の研究によってその悪女伝は
見直されてきているのだそうです。

その財テクによって現在の価値にして
数十億円を稼いだと言われていますが、
その財産で火災に遭った御所を再建したり、
対立していた東西両陣営に貸し付けをし、
「有徳の仁」と評価されたのだとか。

関所で通行料を取ったり、米相場に介入する
など、現代にも通じる財テクっぷりだった
のだとか。

その蓄財した財産で幕府が支えられていた
のも事実で、政治に関心をなくした
夫・義政に代わって幕府を支え続けた、
まさに「良妻」だったんですね。

私生活では夫と息子で9代将軍だった義尚の
両方ともに先立たれており、
妻として母としても恵まれない女性だった
とも言えます。

日野富子の本当の人物像を明らかすることで
その功績が顕彰されるといいですね。

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