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箱根を走った山梨学院の留学生たちをまとめてみた

   

毎年毎年、箱根駅伝でぶっちぎりの走りを
見せる山梨学院の留学生たち。

そもそもが外国人の留学生を箱根に
出場させたのは山梨学院が初めてでした。

そんな箱根を盛り上げた山梨学院の
留学生たちをまとめてみました。

パイオニア的な存在のオツオリ

山梨学院また箱根駅伝史上初の
外国人留学生ランナーだったのが
ジョセフ・オツオリさん。

1989年の箱根で1年生ながら花の2区で
7人抜きをして世間をあっと言わせました。

4年間2区を走り3年連続の区間賞という
堂々たる成績。

その圧倒的な走りがかえって
外国人選手の参加に対する
賛否を巻き起こしました。

卒業後は実業団に進みますが、故障続きで
一旦、母国のケニアに帰国。

その後再来日し、選手兼コーチとして
実業団で活躍しました。

そして2006年、ケニアに一時帰国中に
自動車事故にて死去。

享年37歳という若さでした。

山梨学院には彼を称える石碑が
建立されています。

記録にも記憶にも残る
名ランナーでしたね。

親日家のステファン・マヤカ

オツオリさんと同じ高校の後輩にあたるのが
ステファン・マヤカさん。

オツオリさんの卒業後に2区を受け継いで
2度に渡る区間賞を獲得し、チームの2度の
総合優勝に貢献しました。

その実力はオツオリさん以上だった
と言われています。

同世代には現在、早稲田大学の監督を務める
渡辺康幸さんがおり、箱根の2区で大激闘を
繰り広げました。

卒業後は実業団に進み活躍。

1999年にマラソン選手だった盛山玲世さんと
結婚し、日本に帰化。

玲世さんとの間に娘さんをもうけています。

帰化後は「真也加ステファン」と
名乗っています。

帰国せずに帰化までしたということは
日本の水が肌に合っていたんでしょうね。

とても親しみが湧きます。

現役を引退後は創造学園大学の
コーチ・監督を経て現在は
桜美林大学の監督を務めています。

同大学での選手育成に期待したいですね。

史上最強の留学生モグス

まだ記憶にも新しい留学生の
メクボ・ジョブ・モグス。

山梨学院大学付属高校から
同大学に進学。

箱根では4年間、花の2区を任され
3年時、9年ぶりに区間記録を更新。

さらに翌年、自身の記録をさらに19秒も
更新するという2年連続の快挙も
成し遂げました。

本当にすごいランナーでしたね。

卒業後は実業団に進みますが、
故障もあり、一旦ケニアに帰国。

2012年に再来日し、
現在は日清食品グループに
所属しています。

とても明るい性格だそうで、
大学時代もムードメーカー
だったのだとか。

周囲から“モグちゃん”と呼ばれて
親しまれているのだそうです。

2015年箱根で注目のオムワンバ

2013年の箱根で1年生ながらモグスさんに
並ぶ12人抜きを見せたのがオムワンバ選手。

今年の関東インカレ1部の1500メートル、
5000メートルで2冠を達成するなど
実力を見せつけています。

ただ、2014年の箱根では2区を走りながら
右足腓骨を疲労骨折するアクシデントで
無念の途中棄権。

襷をつなぐことができませんでした。

リベンジを狙う2015年の箱根で
どんな走りを見せてくれるのか、
大注目です。

箱根の歴史を作ってきた留学生たち

箱根に留学生を参加させることには
いまだに賛否両論はありますが、
彼らのおかげでレースが盛り上がり、
日本の学生たちも刺激されてきたのも事実。

かつてオツオリさんについて
関東学連が参加を認めた判断は
英断だったと思います。

箱根から巣立って日本のトップランナーに
成長した選手たちも数多くおり、
なかには留学生ランナーをライバルとして
切磋琢磨した選手もいるでしょう。

これからも留学生ランナーが箱根を走り、
レースを多いに盛り上げるとともに、
それを日本人選手が必死で追い上げる
奮起に期待したいですね。

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