ニュース蔵

気になるニュースの裏側まで追いかけちゃいます!

*

千疋屋の歴史、創業は江戸時代で当時はなんと激安店!

   

千疋屋といえば高級なフルーツを取り扱う店
として有名ですよね。

お見舞いに「千疋屋のメロン」とか。

その千疋屋、創業はなんと江戸時代。

1834年(天保5年)、武蔵国埼玉郡千疋の郷で
創業しました。

今の埼玉県越谷市のあたりだそうです。

創業者は大島流槍術の道場をしていた侍、
大島弁蔵。

槍の先生をしていた侍ってまったく商売関係
なかったんですね。

しかし、教科書にも出てくる“天保の大飢饉”
が起こったことで生活が逼迫。

そこで、越谷の特産品である桃などの果物や
野菜を川を使って江戸まで運ぶ商売を
思いついたのでした。

そして、今も本社を構える日本橋で創業。

当時の屋号は「千疋屋弁蔵」でした。

侍だったということですが、弁蔵の商才は
なかなかのもので、越谷で果物を積んで
江戸まで運び、帰りの船では畑の肥料になる
魚の内臓を江戸から積んで帰っていた
のだとか。

タダでは帰らない、じつに商売上手ですね。

弁蔵が始めた千疋屋では「水菓子安うり処」
の看板を掲げ、果物と野菜、惣菜も扱って
いたのだそうです。

つまり、最初は安売りをモットーとする
庶民派のお店だったんですね。

これまた意外です。

それを現在にまで続く高級路線に変えたのが
二代目の文蔵。

奥さんが大店の娘だったそうで、そのコネで
高級料亭や著名人などを相手に高級な果物を
商うスタイルに変わっていったのだ
そうです。

坂本龍馬や西郷隆盛などの幕末の志士も
ターゲットにしていたとか。

この文蔵の代で徳川家御用商人にまで
なりました。

つまりは一流商人の仲間入りですね。
現代でいう上場企業になったみたいな。

二代目・文蔵も相当なやり手だったん
ですね。

現在では本店がのれん分けして、日本橋に
千疋屋総本店、中央区の京橋に京橋千疋屋、
銀座に銀座千疋屋が店を構えています。

ところで千疋屋といえば高級マスクメロン
ですよね。

そのお値段は2万円以上。

それがピーク時には1日200個から300個も
売れるといいますから、世の中お金がある
ところにはあるということなんでしょうね。

やっぱり高級メロンといえば「千疋屋」と
言われるくらいの圧倒的なブランド力。

そのメロンは静岡県の農家に千疋屋専属で
作ってもらっているそうです。

そうすることで安定した品質と供給を
実現しているとのこと。

さらに、メロン一個一個に農家の管理番号が
付いているこだわりっぷり。

まるで宝石並みの扱いですね。

デフレが続いた昨今でも二代目から続く
高級路線は変えなかったため、その影響は
ほとんど受けなかったのだとか。

江戸から築き上げたブランド力は
平成のデフレ程度では揺るがないということ
ですね。

まさに本物の老舗。

一度でいいからその高級フルーツを味わって
みたい!

もし、明日地球がなくなるとなったら、
迷わず千疋屋に走りたいと思います。

千疋屋・大島博社長の経歴、出身校について

スポンサードリンク

 - ビジネス