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五嶋みどりの母・節さんは波乱万丈な人生だった

      2014/10/31

バイオリニストの五嶋みどり・五嶋龍の母
であり、以前は自身もバイオリニストだった
五嶋節さん。

二人の子供を一流のバイオリニストに
育て上げたその育成手腕は大したもの
ですね。

現在はアメリカに在住。

二人のマネージメントをする会社
「オフィスGOTO」の社長をして
いらっしゃいます。

節さんは1949年生まれの65歳。
大阪府出身。

父は空手の師範で母は薬剤師だった
そうです。

5歳でバイオリンを始めたとのことで、
家はわりと裕福だったということ
でしょうね。

バイオリンで私立の相愛高校音楽科、さらに
相愛大学まで進みます。

大学でもオーケストラのコンサートマスター
を務めていたのだとか。

コンサートマスターは“コンマス”と
略されますが、オーケストラをまとめる
いわばリーダーです。

そのオーケストラで一番のバイオリニストが
務めますから、節さんも相当な実力者だった
ということですね。

実力十分だった節さんはこっそりドイツ留学
を決めていたのだそうですが、母が反対。

さらには東京のオーケストラに受かった
ものの、今度は祖父が反対。

ついにバイオリンを取り上げられた
のだそうです。

周りももう少しやりたいようにやらせて
あげればよかったように思いますけどね。

結局、大学を辞めて母が決めた相手と
お見合い結婚。

相手の男性は資産家の次男坊で大阪大学を
出て会社勤めをしていたサラリーマンだった
そうです。

結婚の翌年、娘のみどりさんが生まれます。

みどりさんには2歳の頃から絶対音感があり、
それを節さんは見逃しませんでした。

最初はピアノを習わせようとしましたが、
ダメだったようで、やはりバイオリンを
教えるようになります。

そこから超スパルタ教育が始まり、相当に
厳しいレッスンを施したのだとか。

自分がバイオリニストとして中途半端だった
ことを反面教師にしていたんでしょうね。

一方で夫との仲はうまくいっていなかった
とのこと。

そして、みどりさんが10歳になった頃に
アメリカのジュリアード音楽院に入学。

周囲の反対を押し切って節さんは
みどりさんを伴って一緒に渡米します。

ジュリアード音楽院では高名な
ドロシー・ディレイ教授に師事します。

渡米当初は金銭的に苦しかったそうで、
みどりさんを電車で送ったあと、節さんは
走って家まで帰っていたのだそうです。

また、食べ物も我慢して節約していた
のだとか。

さらには夫とは離婚。

まさに人生どん底だったんですね。

しかし、1982年みどりさんが11歳の頃に
全米デビュー。

一躍、脚光を浴びるようになります。

こうしてみると貧乏生活の時期はあった
ものの、反対を押し切って渡米してよかった
ですね。

節さんはその後、1988年に金城摩承
(かねしろまこと)氏との間に龍さんを
もうけて、その翌年に再婚。

金城氏は元々みどりさんの師匠である
ディレイ教授に師事したバイオリニスト
でした。

ディレイ教授のアシスタントとなり、
日本人女性と結婚。

金城氏もその奥さんも知り合いだった
節さんは結婚式にも参列していたそう
です。

しかしその後、金城氏と節さんが急接近。

金城氏は奥さんに離婚を切り出しますが、
奥さんはこれを拒否。

結局、離婚する代わりに「金城氏が音楽を
辞める」という条件を受け入れて
離婚が成立。

まるで昼ドラ張りの愛憎劇ですね。

音楽を辞めた金城氏はアメリカの大学で
MBAを取得し、ソニーに入社。

その後、セガのアメリカ法人に転職。
セガでは取締役にまで昇進しています。

ビジネスの才能にも恵まれていたんですね。

金城氏は節さんと結婚されて五嶋摩承と
なられたそうですので、婿に入った
みたいですね。

さて、紆余曲折あったものの二人もの
天才バイオリニストを育て上げた
五嶋節さん。

お子さんをバイオリニストにしようと
お考えのご家庭はその子育て方法など
参考にされてみてはいかがでしょうか。

五嶋みどりの経歴、父親はどんな人?

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